たそがれダイアリー

男子大学生の雑記帳 

体が「学校」という場を欲している。

 「期限:明日23:59

 今現在、学生の多くは、オンラインで学校の授業を受講している。対面で授業を行えないということで、課題の量が尋常じゃない。毎日、こんな赤いランプが点灯中。

 

 正直言って、もう疲れた。少し、大学という存在と距離を置くことにした。通学時は、一回90分間で完結していたが、オンラインでは、一日中頭の中が学校でいっぱいになる。

 決して、課題提出をやめて仕舞えばいいという主張ではなく、一旦距離をおかなければ、狂ってしまうのではないかという学生の抱く危機感をここで記したいだけである。

 

 いくつかやるべき課題があったけれど、「もう、きょうはいいや。」と割り切った。

 そして、部屋の倉庫を物色していたところ、久しぶりに、おりがみケースが出てきた。このおりがみケース、小学3年生のころに購入してから、まだ息していたんだな。とにかく懐かしすぎた。そして、、、

 今日は、課題をサボって、おりがみすることにした。

 

 

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鶴ばっかりだけどね。

♪今日のBGM❶♪『春はまだか』ー浜田雅功
 

 「おりがみは、心を落ち着かせる。」今日、はじめてこれに気がついた。落ち着いて、両指を注意深く動かすその動作、なぜだろう表現が正しいかわからないけれど、「懐かしい」新鮮さがそこにはあった。

 わたしの人差し指と、親指は踊っていた。嬉しそうだった。

 そうだよな、思い返せば、昨今の私たちが触れるものなんて、汚い画面に、汚いキーボードに、、、。指がかわいそうだ。もっと刺激のあるものを指は求めていたんだ。

 そして、指先の動きと、私の脳が一体感を持ったこの感覚が、懐かしすぎた。なぜだ。わかり切っている、スマホとPCばっかり触っているからだ。私の指先の動きは、私の体へではなく、コンピュータに伝わっていくんだもんな。なんかごめんな。指先よ。

 

♪今日のBGM❷♪『青春国道202』ーKAN

 

 さきほど記述した、おりがみケースは、小学3年生の頃校内で流行していた、おりがみブームにあわせて、お母さんに買ってもらった覚えがある。

 このおりがみブームは、女の子たちの間から始まった。10分休憩でも、はたまた授業中にでもおりがみと女の子たちは奮闘していた。それに男子が乗っかった。初めのうちは、女の子に折り方を教わったりして、それなりクラスの仲が深まっていた。しかし、バカな男子達は、おりがみブームを変えていったのだ。

 「キラキラおりがみを持つ奴がさいきょう」ーーーーそんなブームにいつの日か変わっていった。(キラキラ折り紙とは、上の写真の左側のようなおりがみのこと。すこし高め。)

 本当に、思い返せば、下らないが、微笑ましい。結局、おりがみコレクターとなった男子たちの家には、おりがみの在庫が大量発生することになった。結局、捨てることも難しく、大学生になってもなお家に残っていたのだ。

 

♪今日のBGM❸♪『My body keeps changing my mind』ーカレン・カーペンター

 

 おりがみブームもそうだが、とにもかくにも、小学校ってよかったよな。って課題をサボりながら考えていた。

 いや違う、便利じゃなかったあの頃は、よかったよなって。考えた。

 とりあえず、ブログで小学生の思い出を、覚えている限りで、回想することにした。

 

 1、まず思い返してみると、分団登校って幸せだった。

  地域によって様々だと考えられるが、防犯等を目的として、私の学区では、分団登校をしていた。これが、とにかくいい思い出なのだ。1年生で初めての登校日には、6年生の分団長の先輩が、玄関まで迎えにきてくれた。また、分団登校だから、遅刻者もいて、「おきろ〜」ってみんなで朝からマンションを駆け回って、呼びに行ったのは楽しかったな。今では考えられない。そもそもオートロックとかなんとかで、マンションには入れないし。

 2、木登り・崖登り

  学校が終われば、仲の良い友達と、団地内で遊んでいた。木登り・崖登りは、本当に上達した。怪我もした。トゲのある木を触ったり、崖を触ったりと、指先は刺激を受けまくっていたよな。

 

♪今日のBGM❹♪『NIGHT WALKER』ー松任谷由実

 

 3、欠席の子に連絡帳を届けに、、、

  これも心がなんだか温かくなる思い出だ。欠席連絡が、連絡帳による手書きっていうのが推せる。そして、その連絡帳を担任の先生から預かり、おうちまで届けに行く。つまり、学区内であれば、「〇〇くん/ちゃん」の家の場所は皆知っていたし、なんなら電話番号まで覚えていたし、お母さんの顔も覚えていたし、、今じゃ考えられないけれど、とにかく私はこの頃に社会が戻ってほしいと願っている。

 連絡帳を届けに行くと、その子のお母さんから、お菓子をもらえたり、女の子なら、次の日ありがとうって感謝してもらえるし、それを狙っていた男子はたくさんいた。

 4、自動販売機のポイントカード

  DYDOの自販機ってポイントカードが発券されるの、知っていますか笑?

  それはともかくとして、あの頃の私が接する機械なんてのは、近くの自動販売機しかなかった。帰り道に、ともだちと、発券されて取り忘れているポイントカード(新規発行カードで必ず発行されるからわるいことしているわけではないよ笑)がないかチェックするのが日課だった。そして、取り忘れポイントカードをコレクションするのだ。絶対必要ないし、ジュース一本すら購入できない財力のくせして、カードだけ集めてどうするのだか。いやでも、そんな必要ないものにも、面白さを見出して、自らの力で楽しさをうみだそうとするその力、大切なんだ。今の私にはできていない。つまり、小学生に負けていると言ってもいい。

 5、恋愛、ラブレター

  相合傘が書かれ、付き合っていることをクラス中でからかわれたり、あの頃は迷惑でしかなかっただろうけれど、今思い返してみれば、最高じゃないかあ。月一くらいで、こっそりと「おどうぐばこ」に届く手紙。これは一生ものだ。永久保存だ。

 

 

♪今日のBGM❺♪『夕暮れ沿い』ーOfficial髭男dism

  結局何を伝えたいのか。

 便利じゃないあの頃は、自ら刺激を求め、自ら創造し、自らの時間を、自らで楽しもうと必死だった。

 何もかも便利になった今、そしてこの感染症が流行する昨今においては、便利なツールに恩恵を受けていることは否めない。ただ、あまりにも便利すぎて、人間辞めかけていた。危ない。

 

♪今日のBGM❻♪『三国駅』ーaiko

 

 今は、学校という場を思い返すいい期間かもしれない。ただ授業をして、いい点とって、おわる場ではないことを痛感した。様々な雑音が入り混じり、つねにライブの状況が保たれ、相互間で理解と緊張感があって、学校だ。良い人も、悪い人もいて、うまく調整しあって、コミュニティーを形成していく場でもあった。このままだと、ただ課題に応答する場としての機能しかもたないことになってしまう。真面目に期限内に提出する人にだけが、個人的に評価という形で良い思いをするだけの場に変容することに危機感を持ちたい。

 かと言って、まだ、気が緩めない中で、これからまたもとの形に戻すのは難しい。ただ、少し体を休めて、距離を置く必要性は大いにあるだろう。そして、暇だからと言って、SNS、ネットに依存する体になるのは、私はやめにしたい。あまりにも刺激がない毎日を送ることとなってしまう。人間の作る楽しさの限界を容易に超えて、SNSや、ネットは楽しさを与えてくれる。しかし、誰かに作ってもらった楽しさで生きるのは、つまらないなって気付いた。完全にそいうった楽しみを遮断することは、また閉鎖的でもあるから、避けるべきではあるけれどね。

 おっと、課題の期限が迫ってきたようだ。私にとっての楽しみの一つである、ブログという創作活動を今日はここまでとして、楽しんで、課題に取り組むとするか。

 

 

お読みいただきありがとうございました。今日のBGMは私のおすすめ曲です〜。

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夜の支配者

 声でコミュニケーションを取り続けると、ブログを書きたくなる。文字で話したくなる。

 

 文字で話し続けると、声が聴きたくなる。

 

 人と会いすぎると、一人ぼっちを好むようになる。

 

 孤独を味わうと、人恋しくなる。

 

 好きって想いすぎると、なんか嫌いになってくる

 

 けど、嫌いは嫌いのまま。

 

 頑張ろうって思うと、逃げる道を探し出す。

 

 けど、結局逃げきれない。

 

 今日思ったことは、明日には通用しないこともある。

 

 どういうことか、この戦いに勝てないままだ。

 

 このまま夜が続いたらおもしろい。

 

 このまま春が続いたらおもしろい。

 

 どうせきっと朝が来て、夏が来て、。

 

 どうせきっと忘れられていく。

 

 解答用紙は採点されないまま

 

 ゆらりゆられて

 

 時を待つだけ。

 

 太陽がしばらく現れなかったら、おもしろい。

 

 きっとみんな迷い続ける。

 

 その分人は、優しくなるだろう。

 

 ずっと採点されない解答用紙の存在なんて、どうでもよくなる。

 

 

 

 

ほんとうのintelligence

 今日も今日とて、大学の課題をこなしておりました。

 ある授業でとても印象に残ったおはなしがあったので、忘れないうちにブログに残そうと、筆を走らせております。

 

 それは、intelligenceって何だろうというはなし。

 

 これが絶対的答えではないけれど、一つの考えとして授かったものなので忘れず書いておきたい。

 

 こんかいのパンデミックをめぐる社会の動きをみて、多くの人はこの社会の動きが正しい方向へと向かっていると考えているだろうか。

 思い返せば、あの政策・あの発言は正しかったのだろうか。そう思い返してみるという作業も必要なのではないだろうか。

 

 TV、SNS様々な場で受信する情報をあまりにも私たちは考えを巡らすこともなく「正しい」と受け入れてしまっているのではないだろうか。

 

 少しでも「疑ってかかる」という心持ちになったことがあるだろうか。

 

 そうやって、社会の動きに対して、盲点をつくことのできる能力こそが、ほんとうのintelligenceなのではないか。そういった教えを授かった。

 

 忘れずに残したくて記録としてこの記事を執筆しました。

 まなぶことっておおいな・・・と、オンライ授業2日めにしておもうのであった。

 

 

コロナよりも恐ろしい病

 

 

 

 

https://www.google.co.jp/amp/s/www.asahi.com/amp/articles/ASN4R3S2SN4NOHGB018.html

 

 テレビをつければ、ウイルスの話題ばかり。そんな中で、気づかれないまま過ぎて行ってしまうのは許せないニュースを紹介します。

 

 事件概要は、サイトの通りです。

 ただ、ただ悲しいだけの事件です。

 

 言うまでもなく、少年らは悪い。しっかりと然るべき罰を受けてほしいです。 

 

 でも、それだけでなく、この事件は今の世の中に蔓延する恐ろしすぎる病を映し出している気が私はしてしまう。

 

《優生思想が垣間見られる》

 この社会では、お金がないと生きていけません。お金を得るには働かなくては(誰かの役に立たなくては)なりません。当たり前ね。

 この社会では、たくさんお金を所持する者、あまりお金を得られない者が存在します。 

 人々は出来るだけお金が得られるような人物になりたいと思うようになる。

 

 ここまではいいでしょう。まぁ、頷ける。

 ここで、自分に聞いてみよう。

 「お金がない人は、存在する価値がないのか?」

 この問いに対して、存在する価値ないって答える方はブラウザバックでお願いしたいですね。よろしくです笑

 

 いや、でも言われないだけで、社会という大きな黒い塊から、「存在価値ないよ」って言われてる気もするんだよな。

 

 被害に遭った男性は、女性とともに「支え合って」、橋の下で、テントの中で、日々を生きていたという。雨の中でも、アルミ缶拾いの仕事へ出かけ、女性を助け、子猫の餌まで調達し、男性なりの毎日を過ごしていた。

 素晴らしすぎる。尊敬する。泣けてくる。こんな自宅待機でスマホと睨めっこしてる私なんかよりも尊い生だ。

 

 家に帰れば、ご飯が出てきて、明かりがあって、大学に通わせてもらって、友人もいて、間違いなく明日も平凡に暮らせるだろうという確信があった少年たちからしたら、この男性の暮らしは想像及ばないのかもしれない。

 石を投げるという行為からは、明らかにこの男性の暮らしを軽蔑していたとしか考えられない。

 なんの苦労もなく(いや、その苦労は誰かが負っているんだけどね)、手にしたその地位からは分からないんだろうね。

 

 でもね、この少年だけじゃないですよ。残念だけど。見て見ぬ振りしていた私たちも同罪かもね。

 全て自己責任で片付けられるだろうか。お金ある人だけ生き残ればいいのか。そんな社会はどこへ向かうのか。なにを目指しているのだろうか。

 

 そのお金、もっと良い使い道あるんじゃない?

 その頭の良さ、もっと良い使い道あるんじゃない?

 その社会的地位、もっと良い使い道あるんじゃない?

 「〇〇さんって、お金はあるけれど、大切なものを持ってないよね。」

 

 

 おうちにいる時間を使って、いま私たちは考え直す時かもしれない。少年らだけの問題じゃないわ。この病、ワクチンはないけれど、確実に効く処方箋はありそう。発症してないかは個人で検査できますね。

 

 

note-たそがれダイアリー

https://note.com/tasogarete

 

 

 

 

忘れたい記憶からブログ始めた意味を思い返して。

こんなにも人に会いたいなんて思ったことはあるか。

私たちはどれだけ他者に依存して生きてきたのかが再確認される日々。

そして、世界はこんなにも脆弱だったのかと。

人という生き物は、"vulnerable(傷つきやすい・攻撃されやすい)な生命体"だって誰かが言ってた。

 

こんなに何もしていないのに

当たり前のように蛇口から水が出てきて、夜になれば明るい部屋の中で過ごせて、1日三食ご飯が食べられる。

こんなことがあっていいのだろうかとさえも思えてしまう。

それだけ誰かがいなかったら生きていけない個体にすぎないんだなって。

 

いつからか誰かの役に立っていない自分が認められなくなった。

目的なく日々を過ごしてしまったり、自分だけのために時間を費やすことが悪のように感じられて。

こんな自粛ムードの中だけど、明日は社会の歯車になるため早起きします。

 

誰かのために生きているのか、自分のために生きているのか、わからないね。

自分の好きなことだけを追っかけていたあの頃がいつの間にか恥ずかしくなってしまった。

だからといって、他人のことばかり気にしていたら、いつの間にか一人ぼっちになっていたあの頃は消したい思い出ですね。

 

今日も答え無き問いと向き合って。

自分が考えたことが誰かの主観にもなり得たら

嬉しい。だからブログって、いいよね。

 

高校のノート見返したら

客観とは、「誰の主観にもなり得ないこと」ではなく、「誰かの主観が、他の誰かの主観にもなり得ること」(間主観性)って書いてあった。

 

noteはこちらから

https://note.com/tasogarete

ブログをはじめて一年経った。

f:id:tasogarete:20200323192104p:image

 

 お久しぶりです。タイトルの通り、このブログを開設し、一年が経過しました。今日突然メールが届き、気づきました。

 

 自分の人生の物語を語る場として、まいにち提供していただいているはてなブログさまには感謝しかないです。

 

 変わらずして変わりゆく形を目指して、新たな文章をお届けしたいです。

 

 noteはまだ勉強中。。。

《noteも始めました!》

 

 おはようございます。

 

 実は昨日から他の媒体でもブログを始めました。

 

 理由としては、このはてなブログの方での「たそがれダイアリー」が、もともと「1記事めから最後までが一つの"おはなし"になるように」というコンセプトで始めたことから、"おはなし"とはすこし脱線してしまうような話題についてなかなか書きづらい状況にあったからです。

 

 もちろんこのはてなブログはやめるわけではないです。ただ、いろいろな話を書いて、たくさんの方にも読んでいただきたいという思いから、分散して記事を執筆しようという考えに至りました。

 

 こちらのはてなブログの方は、じっくりとじかんをかけて執筆したいという思いが強いです。じぶんの作品として残していきたいという思いが強いです。なので、更新頻度は低くなってしまうのですが、月に一度は更新をして、必ずや記事をまとめて製本までしたいと考えています。

 

 もう一つのブログの方では、これまで書きためていたような別の話題や、くだらないことなど、気楽に更新したいなと考えています。こちらも読んでいただけると幸いです。

 

 これからもよろしくお願いします。

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たそがれダイアリー|note